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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)260号 判決

原告

株式会社カンセイ

原告

日産自動車株式会社

被告

特許庁長官 麻生渡

主文

特許庁が平成2年審判第5978号事件について平成3年9月5日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者が求めた裁判

1  原告ら

主文同旨の判決

2  被告

(1)  原告らの請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告らは、昭和59年6月22日に特許庁に対し、名称を「電気コネクタ」とする実用新案(以下「本願考案」という。)についての実用新案登録出願をし、平成2年1月24日に拒絶査定を受けたので、同年4月10日に特許庁に対してこの拒絶査定に対する審判を請求した。

特許庁は、同請求を、平成2年審判第5978号事件として審理したが、平成3年9月5日に「本件審判の請求は成り立たない」との審決をした。

2  本願考案の要旨

雄接続子9が収容された雄ハウジング6及び該雄ハウジング6が嵌合し、かつ前記雄接続子9と接続する雌接続子7が収容された雌ハウジング5からなる電気コネクタであって、前記雄ハウジング6の外側に前記嵌合方向に延びる起立片6bを設け、該起立片6bの頂部に、前記雄ハウジング6と平行な保護板6cの中央部を連設し、この保護板6cの両側縁に、前記起立片6bと平行な垂下板6eを連設し、この垂下板6eの下端縁と前記雄ハウジング6との間に前記雌ハウジング5の周壁が嵌入する間隙6fを設け、前記保護板6cの内側に係合爪6dを設け、前記雌ハウジング5の前記雄ハウジング6との嵌合端部から嵌合方向に延び、かつ、前記起立片6bが係入するスリット5b及びこのスリット5bの両側にそれに沿って前記嵌合端からその反対端に向かって延びて前記起立片6bと垂下板6eとの間に形成される空所内に嵌入され、かつ先端が連結した一対の弾性レバー5cを前記雌ハウジング5に設け、この弾性レバー5cの中間部に前記係合爪6dと係合する係止爪5eを設け、さらに、前記弾性レバー5cの先端と前記雌ハウジング5の上壁面5aとを弾性片5dによって連結し、前記雄ハウジング6を前記雌ハウジング5に嵌入させたとき、前記スリット5bに前記起立片6bが係入するとともに、前記空所内に前記弾性レバー5cが嵌入して前記両爪6d、5eが係合すると共に、前記弾性片5dが前記弾性レバー5cの先端を弾圧して前記両爪6d、5eの係合を保持するようにしたことを特徴とする電気コネクタ。(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、実願昭59―55687号(実開昭60―166981号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(昭和60年11月6日特許庁発行)(以下「引用例」という。)には、「ピンコネクタの嵌合開口に対してハウジングが挿入嵌合され、前記ピンコネクタに植立されたコンタクトピンと前記ハウジングに取り付けられるケーブルのコンタクトとが互に電気的に接続されるコネクタにおいて、前記ピンコネクタの嵌合開口に連続して前記ピンコネクタの上板面側に係合凹部が前記ハウジングの嵌合方向に沿って形成され、前記ハウジングには前記嵌合状態で前記ピンコネクタの上板面と対向する取付板面の前記係合凹部に対応する位置に弾性ロック片が前記取付板面から離れる方向に偏倚して回動自在に取り付けられ、前記ロック片と前記係合凹部間には前記嵌合状態で互に係合するロック手段が設けられ、前記ロック片には前記嵌合口に対しての嵌合の端部側からの前記嵌合方向に案内溝が形成され、前記係合凹部には前記案内溝と係合する係合片が突出形成されてなることを特徴とするコネクタ。」であって、上記の「ロック手段」とは、操作片と取付支持部間には操作片と同一方向に突出して係合片が形成されたロック片と、上板面側の内面にはハウジングの嵌合方向に直角方向に係合溝が形成された係合凹部とであることが記載されている。(別紙図面2参照)

(3)  本願考案と引用例に記載された考案(以下「引用考案」という。)とを対比する。

① 先ず、本願考案の雌・雄ハウジング5、6の係合部の構造(ロック機構)と、引用考案のピンコネクタとハウジングのロック機構についてみると、

(イ) 本願考案の雌ハウジング5に設けられた弾性レバー5cと引用考案のハウジングに設けられた弾性ロック片の構成は、本願考案が弾性片5dを具える点でのみ相違し(以下「相違点1」という。)その余の点で一致するし、

(ロ) 本願考案の雄ハウジング6に設けられた起立片6b、保護板6c及び垂下板6eも、雄ハウジングの外側に配されたという点でのみ引用考案のピンコネクタの上板面側に設けられた係合凹部及び係合片からなる係合構造と相違するものの(以下「相違点2」という。)両者の係合(ロック)作用に基本的相違はない。

② 次に、両者のコネクタとしての全体構造についてみると、本願考案では弾性レバーが雌ハウジングに設けられるのに対し、引用考案では本願考案の雄ハウジングに相当するハウジングに設けられる点で相違する。(以下「相違点3」という。)

(4)  そこで、相違点1ないし3について検討する。

① 相違点1について

電気コネクタの係合部(ロック機構)において、弾性レバー(弾性ロック片)の本体への取付基部と反対側を弾性片で支持するという程度のことは、当業者が周知の技術に基づいて任意に採用し得る程度の技術であり、その作用効果も格別と言える程のものではない。

② 相違点2について

係合部分をハウジングの外側に配することは、実開昭57―86286号公報及び実開昭57―82088号にもみられるように当業者にとり電気コネクタの係止部(ロック機構)の慣用技術であり、他方、ハウジングの内側に配することも例をあげるまでもなく慣用技術であるし、かつ、上記したように両者の係合(ロック)作用にも基本的差異はないから、相違点2は当業者が任意に決定できる程度の慣用の係止(ロック)構造の変更に相当する。

③ 相違点3について

相違点3は、両者に相違点2があれば当然生じる相違点であり、格別の技術的意味は認められない。

(5)  以上のとおりであるから、本願考案は、その出願の日前の出願であって、その出願後に出願公開された引用考案と同一であると認められ、しかも、この出願の考案者がその出願前の出願に係る引用考案をした者と同一であるとも、またこの出願の時において、その出願人がその出願前の出願に係る上記の実用新案登録出願の出願人と同一であるとも認められないので、実用新案法第3条の2の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由の要点(1)(本願考案の要旨)、(2)(引用例の記載)及び(3)の相違点1ないし3が存することは認めるが、両者は相違点1ないし3以外は一致するとの点は争う。同(4)及び(5)は争う。

(2)  相違点の看過(取消事由1)

① 雌ハウジングの構造に関する相違点の看過

本願考案の雌ハウジングは、雄・雌ハウジングの嵌合に際し、雌ロック手段(以下雄雌関係によりロック作用をする場合、嵌入する側を「雄ロック手段」といい、嵌入される側を「雌ロック手段」という。)の起立片6bが係入するスリット5bを有するのに対し、引用考案の雌ハウジングは、本願考案のスリット5bに相当する構造を有していない点(以下「相違点4」という。)において、両者の雌ハウジングの構造は相違する。

② 雌ロック手段の構造に関する相違点の看過

審決は、本願考案の雄ハウジングの外側に設けられた雌ロック手段の起立片6b、保護板6c及び、垂下板6eも引用考案の係合凹部及び係合片からなる係合構造も、雄ハウジングの外側に配されたという点でのみ相違し(相違点2)、両者の係合(ロック)作用に基本的相違はないとして、両者の雌ロック手段の構造が一致すると認定しているが、この認定は誤りである。

すなわち、両者の雌ロック手段を比較すると、相違点2のほかに、本願考案はハウジング周壁(上面板)と平行な保護板6cを有し、また、垂下板6e・雄ハウジング6上面板間に、雄・雌ハウジングの嵌合に際し雌ハウジング5の周壁(上面板)が嵌入する間隙6fを有しているのに対し、引用考案は、本願考案の保護板6cに相当する部材、間隙6fに相当する構造を有していない点(以下「相違点5」という。)において、両者の雌ロック手段は相違している。

③ 上記相違点4と5は、当業者が任意に決定できる程度の慣用技術の採択ではなく、実質的な相違点であり、この点を看過した審決は、誤りである。

(3)  相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

審決は、相違点1について、「電気コネクタの係合部(ロック機構)において、弾性レバー(弾性ロック片)の本体への取付基部と反対側を弾性片で支持するという程度のことは、当業者が周知の技術に基づいて任意に採用し得る程度の技術であり、その作用効果も格別と言える程のものではない。」と説示したが、上記説示中の周知の技術について、審決は全く証拠を挙げておらず、このように周知であるか不明である。また、弾性ロック片を有しない引用考案の雄ロック手段に弾性片を付加することは当業者が任意に採用し得る程度の技術とはいえない。

したがって、相違点1は実質的な相違点であるから、審決の上記判断は誤りである。

(4)  相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

① 本願考案は、雌ハウジングの外側に雄ロック手段を配設したものと雄ハウジングの外側に雌ロック手段を配設したものとの組合せであるのに対し、引用考案は雌ハウジングの内側に雌ロック手段を配設したものと、雄ハウジングの外側に雄ロック手段を配設したものとの組合せである点において、両者のロック手段のハウジングにおける配設関係は相違している。

② 審決は、相違点2について、上記①とあわせて判断すべきであるにもかかわらず、本願考案と引用考案のハウジングに対する雌ロック手段の配設関係のみを比較して、相違点2は当業者が任意に決定できる程度の慣用の係止(ロック)機構の変更に相当するとした。

しかしながら、両者を比較した場合、単にロック手段の配設が内か外かというだけの違いではなく、上記①のように、ハウジング及びロック手段の雄・雌組合せが全く異なる。引用考案から本願考案の構成を引き出すためには、雌ハウジングの内側に配設された雌ロック手段を外側に配設されるよう変更し、さらに、ロック手段のハウジングに対する配設関係を置換して雄・雌反対の組合せとしなければならないのであって、このような引用考案からの変更、置換を行ってようやく得られる本願考案の構成が引用考案の構成と同一であるとは到底いえない。

したがって、審決の相違点2は当業者が任意に決定できる程度の慣用の係止(ロック)機構の変更であるとした判断は誤りである。

(5)  相違点3についての判断の誤り(取消事由4)

相違点3についても、格別の技術的意味は認められないとした審決の判断は誤りである。

(6)  したがって、相違点1ないし5が存在するにもかかわらず、本願考案と引用考案は同一であるとした審決の認定・判断は誤りであるから、審決は違法として取り消されるべきである。

第3請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認め、同4の主張は争う(ただし、(2)①及び②の相違点4及び5、(4)①は認める。)。

2  本件審決の認定判断は正当であり、原告ら主張の違法はない。

(1)  取消事由1について

① ロック機構を電気コネクタに設ける場合、ロック機構の部材同士が当たったり、その部材の一部がハウジングに当たったりする時には、そのままでは、ハウジング同士が嵌合できないので、ロック機構の一部に溝を設けたり、ハウジングのロック機構が当たる部分を切り欠いたり、空間にしたりして嵌合できるようにすることは、ごく普通に採用されている慣用手段である。

このような慣用手段の例としては、実願昭54―149490号(実開昭56―68988号)のマイクロフィルム(乙第1号証)の第1図に示されているように、切欠部4aを雌ハウジングBに設けたもの、同じく第4図に示されているように、溝4aを雌ハウジングに設けたもの、あるいは、実公昭52―38714号公報(乙第2号証)の第3図に示されているように、溝部10を門型固定片11(雌ロック手段)に設けたものなどがある。

そうすると、本願考案が雌ハウジングにスリットを設けた点は、ロック手段が雌ハウジングに当たらないように採択された慣用手段にすぎないから、かかる点は、単なる設計変更にすぎなく、実質的な相違点でない。審決が上記スリットの有無を相違点として摘示しなかったとしても、誤りとはいえない。

② 審決は、相違点2として、本願考案は、雄ハウジング6に設けられた起立片6b、保護板6c及び垂下板6eも、雄ハウジングの外側に配されたという点でのみ引用考案と相違する旨説示しているから、保護板6cは相違点として挙げられている。

また、上記①で述べたように、ロック機構を電気コネクタに設ける場合、ロック機構の部材がハウジングなどに当たるときには、そのままでは、ハウジング同士が嵌合できないので、ロック機構の当たる部分の一部に溝を設けたり切り欠いたりして嵌合できるようにすることは、ごく普通に採用されている慣用手段である。

そうすると、本願考案が、垂下板6eと雄ハウジング6との間に雌ハウジング5の周壁が嵌入する間隙6fを設けた点は、慣用手段の採択による単なる設計変更にすぎなく、実質的な相違点でない。審決が上記間隙の有無を相違点として摘示しなかったとしても、誤りとはいえない。

(2)  取消事由2について

電気コネクタのロック機構において、ロック片など弾性レバーの本体への取り付け基部と反対側の先端を弾性片で支持することは、実公昭56―3899号公報(乙第3号証)の第2ないし5図中において、ロッキングアームに補強片5を設けたものなどにみられるように周知である。

そうすると、本願考案が弾性レバー5cの先端と雌ハウジング5の上壁面5aとを弾性片5dによって連結した点は、単なる周知技術の付加にすぎないから、相違点1は実質的な相違点でない。

したがって、審決の相違点1についての判断に誤りはない。

(3)  取消事由3について

電気コネクタにおいて、ロック機構の係合手段をハウジングの外側に配することは、実開昭57―86286号公報(甲第4号証)、実開昭57―82088号公報(甲第5号証)に見られるほか、実公昭52―38714号公報(乙第2号証)の第1図には、雌コネクタ3に弾性作動片4(雄ロック手段)、雄コネクタ1に門型固定片2(雌ロック手段)をそれぞれ設けたものが記載され、実公昭57―49913号公報(乙第4号証)の第2図には、雄コネクタハウジング2に棧部11と支柱12(雌ロック手段)、雌コネクタハウジング1には弾性舌片8(雄ロック手段)をそれぞれ設けたものが記載されており、このように、雌ハウジングの外側に雄ロック手段を設け、雄ハウジングの外側に雌ロック手段を設けるということは慣用技術である。

そうすると、本願考案が雌ハウジングの外側に雄ロック手段を配設し、雄ハウジングの外側に雌ロック手段を配設した点は、慣用手段の採択による単なる設計変更にすぎない。

また、引用考案のロック機構についてみると、このロック機構は、ロック片16(雄ロック手段)を係合凹部22(雌ロック手段)に嵌入してロックするものであり、この係合凹部22は係合片36を備えた上壁と両側壁とからなる雌ロック手段であり、これらは、本願考案の雌ロック手段である、起立片6b(係合片36)、保護板6c(上壁)、垂下板6e(両側壁)に相当する。そして、その係合作用は、雄ロック手段と雌ロック手段とによるものであるから、本願考案のものと相違するところはない。

そうすると、本願考案が、雄ハウジング6の外側に起立片6b、保護板6c、垂下板6eを設けた点は、引用考案において、ハウジング12(雄ハウジング)に雌ロック手段を設け、雌ロック手段を起立片6b、保護板6c、垂下板6eで形成した変更に相当する。しかし、かかる変更は、前記慣用技術を考慮すれば、当業者が具体的設計上の要求に応じて適宜取捨選択できる程度のもので、かかる変更によって格別の効果が生じるものでもないから、かかる変更は単なる設計変更にすぎない。

したがって、相違点2は実質的な相違ではなく、審決の判断に誤りはない。

(4)  取消事由4について

本願考案が、弾性レバー(雄ロック手段)を雌ハウジングに設けた点は、引用考案において、ピンコネクタ11(雌ハウジング)に弾性レバー(雄ロック手段)を設けた変更に相当する。しかし、かかる変更は、上記(1)③で述べたように、電気コネクタにおいて、雌ハウジングの外側に雄ロック手段を設けることが慣用技術であるから、慣用技術の適用による単なる設計変更にすぎない。

したがって、相違点3は実質的な相違ではなく、審決の判断に誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いはない。

2  本願考案の概要

成立に争いのない甲第2号証(本願手続補正書)(以下「本願明細書」という。)によれば、本願考案は、雌ハウジングと雄ハウジングとからなり、その双方ハウジングに嵌合状態を保持せしめるためのロック機構を設けた電気コネクタに関するものであって、従来のコネクタにおいて、雄ハウジングと雌ハウジングに設けられた係止肩の係止によるロック方式(別紙図面3参照)が予め与えられたスペース内で特に極数の少ないコネクタハウジング等でその強度を十分確保しようとした場合、自ずから限度が生じ十分なる強度をもたす事が出来なかったのに対し、相手側コネクタハウジングに一体的に設けたロックの補助作用をなす弾性舌片によって双方ハウジングのロック状態を安定保持せしめる構造とした電気コネクタを提供することを目的として、本願考案の要旨に係る構成を採択したものであること、本願考案の効果として、① 本願考案のコネクタによれば、雌ハウジング5と雄ハウジング6とのロック機構である雄ロック手段(弾性レバー5c)と雌ロック手段(保護板6c等)が、雌ハウジング5及び雄ハウジング6の外側に設けられていることから、それらハウジング内部に形成されている接続子収容スペースが狭められることなく広く確保でき、その結果、同一の取付容量で電気コネクタの形状を小型化することが、容易にできること、② 前記雄ハウジング6の外側(上壁面6a)に前記嵌合方向に延びる起立片6bを設け、前記雌ハウジング5に、その雄ハウジング6の嵌合端部から嵌合方向に延び、かつ、前記起立片6bが係入するスリット5bを設けたので、雌ハウジングに雄ハウジングを嵌合させるに当って、起立片がスリットに案内されてその中を前進することとなり、その結果両ハウジングの嵌合の向きが規制され、両ハウジングの逆接防止を確実に達成できること、③ 起立片6bの頂部に、前記雄ハウジング6の外壁面6aと平行な保護板6cの中央部を連設し、この保護板6cの両側縁に、前記起立片6bと平行な垂下板6eを連接し、この垂下板6eの下端縁と前記雄ハウジング6の外壁面6aとの間に前記雌ハウジング5の周壁が嵌入する間隙6fを設けたので、雌ハウジング5に設けられた弾性レバー5cは、雄ハウジング6に設けられた起立片6b、保護板6c及び垂下板6eで囲まれた空所内に嵌入することとなって弾性レバー5cの先端部以外の部分に異物が当ることが無く、このため異物が弾性レバー5cに衝突することにより両爪5e、6dの係合が不用意に解除されることがないこと、④ 両ハウジングは、起立片とスリットとによって正しく位置決めされた状態で嵌合動作を行なうこととなるから、嵌合時において、雄ハウジングに収容された雄接続子と雌ハウジングに収容された雌接続子とがこじられて変形することなく接触し、この両者の良好な接触を確保できることが認められる。

3  引用考案の概要

審決摘示に係る引用例の記載は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第3号証によれば、従来提案されている方式(別紙図面4)では、ハウジング12のケーブルの取付孔14が形成されている部分に対してピンコネクタ11の係合片31の案内溝が形成されているため、この構造のものではハウジング12に対する案内溝の形成のために、ケーブルの取付孔14をハウジング12の全面には形成することができず、その形成数を減少せざるを得ない欠点があったが、引用考案は、このような欠点を解決し、ハウジング12のケーブルの取付孔14の形成数を減少させることなくハウジング12の全面にわたって取付孔14を形成することが可能なコネクタを提供することを目的として、案内溝35をロック片16に形成し、ハウジング12のケーブルの取付孔14の形成されている部分に案内溝を形成する必要をなくし、ハウジングにおける取付孔形成可能領域が減少しないようにしたものであることが認められる。

4  そこで、まず原告ら主張の取消事由1及び3について検討する。

(1)  審決摘示に係る相違点2、3及び原告ら主張に係る相違点4、5は当事者間に争いがない。しかして、本願考案が雌ハウジングの外側に雄ロック手段を配設したものと雄ハウジングの外側に雌ロック手段を配設したものとを組み合わせた構成であるのに対し、引用考案が雌ハウジングの内側に雌ロック手段を配設したものと雄ハウジングの外側に雄ロック手段を配設したものとを組み合わせた構成である点において相違していることも当事者間に争いがなく、前記本願考案の要旨及び引用考案の構成によれば、上記雄・雌ハウジングと雄・雌ロック手段の配設の組合わせの相違が両考案の基本的相違点であるということができる。

審決は、相違点2において両考案の雌ロック手段の配設について摘示し、相違点3において両考案の雄ロック手段の配設について摘示することにより、上記基本的相違点を摘示したものと解されるが、上記基本的相違点に由来すると認められる原告ら主張の相違点4、5については明示的な摘示はしていない(被告は、相違点5のうち保護板6cについては相違点2において摘示している旨主張するが、相違点2は雌ロック手段全体の配設関係について対比しているもので、その個々の構成についてまで対比したものと認めることができない。)。

(2)  ところで、本願考案と引用考案の同一性を判断するに当たっては、当然のことながら、本願考案の構成すべてについて、引用考案との対比を要することに鑑みれば、審決が相違点4、5を看過しこれに対する判断を欠いたのであれば、とりもなおさず、本願考案の構成すべてについて対比をしなかったことになり、その点において既に違法といわざるを得ないのであり、そのことは、仮に当該構成が周知の慣用技術に関するものであっても変わるところはない。しかし、審決は、雄・雌のハウジングとロック手段の配設関係についての上記基本的相違点自体の把握に欠けるところはなかったのであり、相違点4、5がいずれも上記基本的相違点に由来するものであることからみて、この点についても、黙示的に相違点3と同様の判断をしたものと解せられないではない。そこで、この前提の下に、相違点2ないし5が、原告ら主張のように本願考案と引用考案との実質的相違点であってこれにより両考案の同一性を否定すべきか、被告主張のように単なる設計変更にとどまり両考案の同一性を肯定すべきかについて、一括して検討する。

上記基本的相違点を変更し、引用考案から本願考案を得るためには、少なくとも次の四段階、すなわち、① 引用考案のピンコネクタ(本願考案の雌ハウジングに相当する。)内部に設けられている雌ロック手段を外部に移し、雌ハウジング上に雌ロック手段、ハウジング(本願考案の雄ハウジングに相当する。)上に雄ロック手段を配設したコネクタとする。② ①により配設された雄・雌ロック手段を入れ替え、雌ハウジング上に雄ロック手段、雄ハウジング上に雌ロック手段を配設したコネクタとする(以上相違点2、3)。③ 雌ハウジングにスリットを入れる(相違点4)。④ 雄ハウジング上に移された雌ロック手段につき、係合片36、係合凹部22を隔てた左右の突出部を本願考案の起立片6b、垂下板6e、6eとし、それらの上部に雄ハウジングに平行な保護板6cを設けたうえ、垂下板と雄ハウジングとの間に、間隙(本願考案の間隙6fに相当する。)を設ける(相違点5)の四段階を経ることが必要である。そして、①については、成立に争いのない甲第4、第5号証が、②については、成立に争いのない乙第2、第4号証が、それぞれ先行技術として示されていることが認められるが、③、④についてはこれを示すべき先行技術を認めるに足りる証拠はない。被告が③について先行技術として援用する成立に争いのない乙第1号証の第1図、第4図では、スリットが雌ハウジングにも設けられているが、その上に雌ロック手段が設けられている点で、雌ハウジング上に雄ロック手段が設けられている本願考案とは異なっている。また、同じく被告が③の先行技術として援用する前掲乙第2号証の第3図では、スリットが雌ハウジングではなく雌ロック手段に設けられており、かつ雄ハウジング上に雄ロック手段、雌ハウジング上に雌ロック手段が設けられている点で本願考案とは異なっているから、いずれも③の段階を直接に示す先行技術ということはできない。

(3)  ところで、構成を異にする二つの考案を周知の慣用技術との関連において対比する場合、単なる設計変更か否かの同一性の問題として捉えるか、容易になし得る設計変更か否かの進歩性の問題として捉えるかは一概に明確な基準を以て論ずることはできないが、少なくとも、相違する一方の構成に周知の慣用技術をそのまま適用することによって直ちに他の構成が得られ、かつその構成の変更に技術的意義を見い出しがたいような場合を除いては、両者を同一性の問題ではなく、進歩性の問題として扱うのが相当というべきである。

これを本件についてみるに、上記(2)の①及び②に関する先行技術が仮に周知の慣用技術であるとしても、相違点4(③の段階)、同5(④の段階)にそのまま適用すべき直接的な先行技術を認めることができないのであるから、この点において本願考案と引用考案を同一のものということはできない。さらに、相違点4及び5の技術的意義についてみるに、前記2に認定したところによれば、本願考案の雌ハウジング5に設けられたスリット5bは、雄ハウジングの外壁面に設けられた起立片6bを案内し、両ハウジングの嵌合向きを規制することにより両ハウジングの逆接防止及び雄・雌接続子の良好な接触確保の機能を果たし(相違点4)、雄ハウジング6上に設けられた雌ロック手段を形成する保護板6cは雄・雌ロック手段を保護し、雌ロック手段を形成する垂下板6e、6eと雄ハウジング6の外壁面との間の間隙6fは嵌合に際し、雌ロック手段と雌ハウジング5との衝突を防止する機能を果しており(相違点5)、いずれも雌ハウジング上に雄ロック手段、雄ハウジング上に雌ロック手段を設けたことにより採択された構成であって、ハウジングとロック手段の配設関係が逆になっている引用考案においては予定されていない構成であることは明らかである。また、この構成がハウジングとロック手段の配設関係を本願考案のように変更したからといって、直ちに採択されるものと即断することもできない。

したがって、両考案を単なる設計変更の関係にあるものとして、実質的に同一であるとして扱うことは相当とは認められない。

(4)  被告の主張は、複数ある相違点について、周知の慣用技術のほか、その応用を積み重ねたものまでを、同一として捉えようとするもので、同一性の範囲を不当に広く解するものとして採用することはできず、審決は相違点2ないし5に対する判断を誤ったものというべきである。

(5)  したがって、取消事由1及び3は理由があり、この点に関する審決の認定判断の誤りはその結論に影響を及ぼすものであることが明らかであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、本願考案が実用新案法3条の2の規定により実用新案登録を受けることができないとした審決は違法として取消を免れない。

4  よって、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

〈以下省略〉

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